ちょっと長くなりそうだけど。
珍しくまじめな話・・・。
中学生の頃くらいからかな、すでに将来は自分の歌で人に楽しんでもらいたいという夢は持っていたんだ。
でも実際外に向けて自分の足で活動を始めたのは25才になる頃。
それまでいつも思っていたのは、「こんなダメ人間で未熟なオレの歌なんて人が興味を持つわけない。」だった。
音楽はどこか人間力が問われると思っていたので、歌や楽器の技術の前にいつも人としての成長にこだわっていたのだ。
思えばどんな時も将来の音楽活動をどこか意識して生活していた。
高校バスケ部での練習中では、きつい時とかは「これを乗り越えればいつか音楽に役立つ。」なんて思って走っていた。
浪人時代もけっこう追い込んでいた。
音楽を志してるのに、なぜか東京大学を目指してしまったオレ。
自宅で浪人だったから午前中は図書館で勉強、昼はビートルズを聴きながら飯を食って午後には自宅でまた勉強。
「勉強で上に行けないで、なぜ音楽で上にいける!!」と言い聞かせて。
何度眠い体にムチをうって布団から机に戻ったことか。
才能とは夢を想像する力、努力はそれを実現する力だって思っていた。
受かった後は一切勉強をしていない。
東大合格自体が目標でそれ以上は興味がなかった。
初めてカラオケに入ってみた。
かなり遅く19才の時。
実はそれまで歌自体ちゃんと歌ったことはなかった。
なぜかいつでも歌えると思っていた。
適当に曲を入れて歌ってみるが、声が全然出ない。
頭で歌うのと実際に声に出すことのギャップに落胆する。
それから何回も一人でカラオケに練習に行った。
お金がなかったのもあるけれど、誰かに教わるのが苦手で自分でなんとかしようと思っていたのだ。
夜のフリータイムをねらって毎回4〜5時間。
入る時は、一人だからかなり恥かしい。
終電に間に合わなかった学生をよそおってみたりしてたけど、途中からバカバカしくなって全く恥かしくなくなった。(このころもう東京大学は中退していたのでフリーターになっていた。)
たぶん100回は一人でカラオケに行ったと思う。
おかげでだいぶ歌もさまになってきた。
塾の講師で生計を立てつつ少しずつためたお金でギター、ベース、キーボード、ドラムマシン、ミキサーを揃えて録音環境をワンルームに大家さんに内緒で作っていた。
とりあえずで始めた塾の先生も4年勤めたので、ハードだった受験勉強も音楽にめちゃくちゃ役立っている。
誰にも頼るあてがなかったので、全楽器を練習して音作りに励んだ。
自分の歌をバンドサウンドで表現できるようになったが、とても人に聴かせられるレベルになく、何人かの友達くらいにしか聴かせられなかった。(何人かはとても気に入ってくれて、今もライブに来てくれたり応援してくれてる。)
で、去年からやっと念願のライブ活動を始めたんだ!
25才になる頃だった。
始めは知り合いが興味をもってライブに応援に来てくれた。
でもそれはいつまでも続くとは思ってなかったので、ライブを重ねる毎に現実と向きあう。
減っていくお客さんに不安になった。
そこで考える。
何のコネも助けてくれる音楽仲間もいるわけではなく、自分を広げるとしたらストリートライブしかない!
でも実は、ストリートはやりたくなくてずっと避けてきたことだ。
誰も自分を知らない場所へ自分から出向いて、そこで一人で歌を歌う。
ちょっと考えただけでもかなり気が進まない。
でも一から広げるにはそれしかない!
2006年の8月から週3回、定期的に始めた池袋ストリートライブ。
いつも何かに急いで余裕なく見える人たちが行き交う池袋。
もともと、ただ何か用があって行くだけでも苦手な場所。
行く時はだいたい、極度の緊張に襲われる。
一人で歌い始める時は気合いと根性しかない。
周りを見て歌う余裕なんてかった。
誰一人立ち止まって聴いてくれない日々。
でもめげずに続ける。
ふと気付くと一生懸命聴いてくれる人ができた。
それから雨の日以外休まずやっていたら、少しずつ何かが変わってきた。
3ヶ月後、自分のライブを待っててくれる人ができた。
だんだんストリートライブが楽しみになってくる・・・。
だいぶ熱く語ってしまいました。
最後まで読んでくれて感謝します。
けっこう色々と過去を振り返ってしまったけど、何かにチャレンジする時は過去の業績や栄光なんか全く関係なくて“今の自分は何をやろうとしていて、それをどう行動に移せるか”にかかっていると思ってます。
最近は自分の歌を聴いてほしいという気持ちから、テツオウの歌を必要としている人のために自分が歌うんだという強い気持ちに変わって来ました。
一つ一つクリアして少しずつ目の前の風景を変えていこうと思ってます。
はいっ!堅苦しい話はここまで。
毎日バカで面白いことばかり考えてます!
ぜひテツオウを応援して下さい〜〜〜!!